ミグストラノート

ラノベ読みの日記です。その他、地質。

女性キャラが捕まった時、年齢による思うことの変化について


アニメ、漫画、ライトノベル何でもいいが、女性キャラが敵に捕まるという展開がよくある。その場合、それを助けに主人公が行くというのが通常のシナリオだ。絶対に助け出してやる、みたいなことである。


主人公が守りきれずさらわれたことに後悔しながらも、絶対助け出すと心に誓う。いわば燃える展開だ。けれど、小学6年生ぐらいからそんな展開が嫌いになった。なぜなら、現実的に見てさらわれた女性キャラが無事である可能性がそれほど高くないと感じてしまうようになったからだ。


情報を聞き出したらすぐに殺してしまえばいいし、生かしておく必然性がない。主人公をおびき出すための餌として使う場合であっても、レイプして心を殺しておくかもしれない。そして、主人公が来たときには生きていながらもはや死んでいるのと同じ状態になっていたりしたら本当に辛い。精神的な死とも言うのだろうか、主人公を含めた全ての人に恐怖を抱くようになり家に引きこもり死んでいく。まさに絶望的な結末。


PTSDといった症状からの脱却は非常に難しい。治った思っても何かの拍子に再発する恐れもある。そこから回復するまでを描くのもいいが、読者にとって一度汚されたという印象はぬぐいきれないだろう。また、突然回復したりしたら違和感を感じることが必然的であるため、回復の過程を描くと物語が間延びしやすい。


結局の所、好きなキャラクターがレイプされる、或いはそれに類似した屈辱を受けることへの恐怖みたいな物が大人になるプロセスの中で生まれた。僕は大部分の人と同じくレイプされているキャラをみて喜ぶタイプではないし、なおさらきつく感じる。女性である以上、性的な攻撃の可能性があると男性側からは思ってしまうのだ。男性キャラでも似たような攻撃は受けることはあるけれども、少なく肉体へのストレスの方がメインだろう。


これは、あくまでも暗示的結果を生む展開の話だけれども、もっと直接的に受取り手がきついというストーリーが嫌われ、よりライトな方へと進んでいくのはこうした心の変化の蓄積かもしれない。また、時代の変化に伴う考えることの違いも背景にはあるのだろう。



日記
紅茶の茶葉買ったよ、1880円。過去二番目の値段かな。