続 ハードカバーのライトノベルについて

電撃の単行本や昔の事例を紹介してくださる方がいらっしゃったので、それらも含めて続きを書きたいと思います。

電撃(アスキー・メディアワークス)が出している単行本では図書館戦争が有名ですね。あれは完全に単行本として出されました。

前のエントリーを書く前からアスキー・メディアワークスが単行本を出していることは知っていました。それでも、単行本のライトノベルを作るといった主張したのはレーベルとして存在することが重要だと思ったからです。


電撃の単行本とかは、どちらかというと、うちらはライトノベルだけじゃなくて一般文芸にも手を出してますよ的な印象を受けてね。ライトノベルであるならば、電撃文庫で文庫化すればいいのにあえて角川文庫で出したりね。そこは年齢層的なこともあるのだろうけど、それでもやはり邪道なような気がしてならなかったりします。図書館戦争だって、ライトノベルじゃんあんなのとか揶揄されてね。いいじゃんライトノベルでもと言いたくはなるのだけど、そのへんの位置づけを出版社なりが怠っているというのも原因なような気がします。


そうではなくて、純粋にレーベルとしてハードカバーのものを作って欲しいというのがこのエントリーの本題です。巻数が揃う前にやめてしまったり、企画物としてではなくて継続的な刊行が欲しいのですよ。昔は上手く行かなかったのかもしれないけど、今は環境も違う。成功するかもしれない。

ただ一つのハードカバーとしての本ではなくてレーベルとしてのくくりに入れてあげることで価値も生まれる。講談社BOXに漫画があるように。そんな意味をこめて、このアイデアを提案したわけです。

単行本は手間もかかるし毎月出すのは難しいし、売れないよという意見もありますが、ひと月に10冊も出すのではなく、一、二冊ぐらいなら継続的に出すのは可能ではないでしょうか。文芸単行本は売れないと言われているのは事実ですが、トップの方は継続して売れています。単行本といってもピンからキリまであるわけです。ライトノベルの初版部数が下がっているのは、巻数が増えたことの影響ですが、それでもまとまった数は売れています。

出版業界のことについては複雑すぎるのでこれ以上書くのはやめておきます。


前のエントリーの本文中でも書いたように、ライトノベルで売れている作家は単行本でも売上げを延ばすことは可能でしょう。また、単行本があまり売れなくとも、文庫ならば大きく売れるかもしれないと考えたならば積極的に文庫化すると思います。そういった、状況に応じた判断が可能になるわけです。コアなファンが付いた作家も同じく。

単行本にしたときに売れなくなるかもしれない要因は、挿絵の問題もあるでしょう。なぜか単行本では挿絵をなくしてしまう出版社もあるわけです。それはおそらく一般の読者を取り込むためといった目的があるでしょうが、それではコアなライトノベルのファンは買ってくれても一般的なライトノベルの読者層を取り込めない。

ライトノベルから一般文芸に飛ぶのではなくて、ライトノベル的性質を持った単行本が求められています。挿絵も大きい単行本で見たいという人もいるでしょうし。電子版になればまた事情も変わってきますが。

また、ライトノベルであるから買う人もいるかもしれません。一般文芸の単行本は読まないけどライトノベルは読む人はかなりの数いますが、彼らがハードカバーに手を出すきっかけが生まれるかもしれません。


ハードカバーのライトノベルをレーベルとして作るのは、面白いかもしれないというのが記事の趣旨でした。合わせてライトノベルでの当たり前のこと(挿絵など)を入れることで、中間的位置づけを確立し、ライトノベル読者を呼び込むことで売る。ここまで読んでみればなんとなく分かるでしょうが、ライトノベルがどんなものであるかという問いに対して、出す側であるレーベル側がライトノベルだと言うことが条件の一つだと考えています。電撃文庫編集部はライトノベルだとは主張していませんが、公で言わないだけで、自分たちの作っているものがライトノベルであると思っているでしょう。

幾多の議論を経て、あなたが思うものがライトノベルですという妥協点に落ち着いたわけですので、これは僕の考えだということを念のために補足しておきます。