ミグストラノート

ラノベ読みの日記です。その他、地質。

ライトノベル市場の拡大に立ちはだかる表紙という大きな壁

少し前ゆきともさんがこんな記事を書いている。

ライトノベル市場拡大への道はどこにあるのか? - 積読バベルのふもとから

この記事ではライトノベル市場をもっと拡大するためにできることについて色々と書かれている。例えばゲームやアニメなどのユーザー層を取り込むことや一般小説の読者の獲得のために非ラノベにおいて人気のある作家である『東野圭吾』さんに帯などを書いてもらうことなどを提案されていた。

これらの方法は、ライトノベルというコンテンツに関して興味を持ってもらうために役に立つものであると私も思う。しかし、これらの策をこうじたとしても大きな効果があるとは言えないだろう。なぜなら、ライトノベルの読者を増やすためには、ラノベ読みが見落としがちな大きすぎる壁があるからだ。


それは、萌え絵で描かれた女の子が飾っている表紙が恥ずかしくて買えないことである。

参考例
ラノベん  『MF文庫J』3月刊行の表紙公開

確かにと納得してもらえるはずだ。猫耳やスクール水着の女の子が表紙を飾っているのだ。何が悲しくてそんなプレイをされているのだろうと、女の子たちに同情してしまう。隠し撮りでもされているのだろうか。
かくなる自分も、初めの頃はライトノベルを買うことに恥ずかしさがあった。18禁の雑誌を買っているような背徳があるのだ。そして、自意識過剰なのは明白なのだが、レジの書店員に笑われ見下されているようなことを思ってしまう。

今では、アニメやニコニコ動画などのコンテンツに触れることがライトノベルのメイン層である中高生において普通となっているが、僕が中学生だった7,8年前はアニメを見ていることに対して周囲の同級生たちは否定的だった。どちらかというと、バカにされる対象だ。

そんなアニメ=オタク=気持ち悪い人という方程式がここ最近になって急速に崩れてきている。

それにはインターネットの普及ということがあるだろう。合法、非合法は問わず、簡単に誰でもネット環境があればアニメを見ることができるようになった。深夜アニメであってもだ。それには、動画の無料配信も関連している。はじめはこっそりと隠れて見るかもしれない、しかし一度見てしまえばアニメに対する偏見は多くは失われる。

大抵の場合、批判する人はアニメや書籍などを体験しないで頭ごなしに否定するように盲目的なのだから。


だからといって、ライトノベルの萌え絵にはまだまだ中高生でも大きな壁があるに違いない。それには、小説に漫画などの要素などを足したものがライトノベルとはいえ、実のところ萌え絵には美少女ゲームのイメージが付与されているからだ。つまり、美少女ゲーム、特にエロゲーにはまだまだ親しみを持つという中高生が少ないことが理由である。
また、当然ながらアニメなどへの嫌悪感があったラノベのターゲット世代ではない20代、30代では更にライトノベルの萌え絵に関して引いてしまう率が高いだろう。


ラノベの表紙に対する恥ずかしさは以下によって構成されると思われる。

  • 白い背景
  • 女の子
  • 美少女ゲームを彷彿とさせる塗り
  • 猫耳やスク水などのフェチ的要素


では、ライトノベルの市場拡大のために読者を獲得するためには今の萌え絵をやめ、表紙に男キャラを出し、背景を描けばいいの
だろうか。それもひとつの手である。ただし、ここでは別の問題が立ち上がる、

それは、今の表紙をやめたライトノベルは果たしてライトノベルなのかという問題だ。

はじめに白背景に女の子をピンで出すというスタイルを確立させたのは灼眼のシャナだと言われている。

灼眼のシャナ (電撃文庫)

灼眼のシャナ (電撃文庫)

この作品ヒットを受けてライトノベルではシャナと似た表紙が増え始めた。
第三回 富士見書房 大塚和重さん ―ライトノベルをとりまく環境にせまる―

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ライトノベルの表紙;白バック(白背景)・ピン立ちについて。 - REVの雑記 - LightNovel Group

始めのうちはこういった表紙はあくまでも一部分にとどまると思っていた。しかし、今のライトノベルを見てもらえればもはや大部分がこの系統になってしまっている。


ここまで来ると、もはやこの表紙もライトノベルというものの要素であるといっても良いのではないか。そして、この表紙に魅力を感じて買っている今の読者もいることで、いまさらやめづらいという雰囲気になっている。ここで、ライトノベルとは何かという定義の問題に行き着くわけである。


結論として、ライトノベルの市場拡大には、今の萌え絵の表紙やイラストが壁になっていのではないかということだ。ただし、表紙に惑わされがちではあるが、その内容は様々なのだ。子供の教育に良くないと判断されるようなのは、ほんの一部に過ぎない。むしろ、子供や若者の悩みに対して向き合った作品も多い。

そのライトノベルが抱える多様性というものを表紙によって誤解してはならない。それは、マンガやアニメ、ゲームにおいてもおなじことなのだ。


余談
この表紙はタイトルの長文化と構造的に似ている。一度長文化するとやめにくいことがである。

またラノベの表紙で過激なものが増えている。下手すると18禁エロ漫画みたいなものもよくある。特典で幼女に白い液体をかけているものもある。漫画の場合、チャンピオンREDいちごが槍玉にあげられるけど、ラノベもかなりやばいと思うことがある。いままで規制が緩かったのは、多分小説であるということ。漫画よりも早い段階で小説は価値を認められた。官能小説の表紙よりも過激なラノベがいままで野放しだったのは不可侵的な暗黙な了解があったのでは。
少し大丈夫だろうと甘え過ぎな部分もある。たしかに表現な自由は必要だろうけど、ある程度抑えて自己制限もしたほうがいい。

表紙のイラスト自体に抵抗を感じる人もいるという意見を頂いた。それもごもっとも。
恥ずかしさのグレード的には、萌え絵の女の子の表紙>萌え絵のイラストの表紙>それ以外のイラストの表紙>無機物による表紙かな。


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