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ミグストラノート

ラノベ読みの日記です。その他、地質。

かわいい女の子になりたい

コラム

オタクの女の子になりたい願望は性別を超える - 狐の王国

実によく分かる。

僕自身、2次元の女の子に恋をするということがなくなってきている。なんていうのかな、この子かわいい。抱きしめたいとかいう願望はあるのだけれど、それはその子と付き合って、デートして、結婚したいという欲求は意外と弱い。

むしろ、その子のように僕自身の観点から見てかわいい女の子になりたいという方が強い。

自分の好みのパターンはある程度確立されていて、例えば黒髪ロングで、比較的小柄で、刀を使うキャラクターは好きだ。また、金髪の妹属性をもつ子も好きだし、少し生意気だけど、素直なところもあるという属性にも心惹かれるところがある。このように、数多の属性の中で、ある程度好みのスタイルは決まっている。

現実として、無限の属性があるし、なおかつ例え、属性の一つがその子と合わなくても、他の属性が調和的であれば一緒にいて楽しいということもありうる。

ただ、キャラクターに恋するという観点では、前述した好きな要素があれば好きになってしまう。これは、全てを描かずとも残りの部分は想像で都合の良いように補完することができるというのがその理由であろうと僕は思う。

ただその好きという感情はそこまで強いものではない。部屋中を西園寺夕鶴のように部屋中を好きな人のグッズで埋めたりはしない。恋するというよりも愛でるという方が正確か。現実と想像の世界を超えることは僕には出来ない。そこに明らかな境界がある。恋愛に関しても同じように。

かつて、男の子である僕は、女の子からもてるようになりたいと思ったことがあった。それは中学生のころだった。その方法としては、服装を気にしたり、髪型を整えるとか、話し方を工夫するなどで誰にでもある程度は出来る。そうした努力をしていたが、高校、大学と来て最近はその意識がかなり弱い。

むしろ、かわいい女の子になりたいという同一視の傾向が強い。これが普通の男の子であったならば、自分の彼女にそうした格好をさせて、独占欲と同時に欲求を満たすのだろうけれど、僕にはそんな気はさらさらない。女の子になって、友達の女の子と一緒に青春をおくりたいというのが夢である。そこには、ライトノベルの傾向からだろうか、学園生活への未練が残っているため、高校生中学生が一番なりたい自分である。

そのかわいい女の子になりたいという欲求と現実とのギャップの折衷案が女装であると思う。もちろん、それは性同一障害とは違った意味合いである。そこまで、男であると言うことに対して憎んでいるわけでもない。むしろ、今日は男、明日は女のように不安定な物であることを望む。プリキュアが変身が解ければ普通の女の子に戻るように、一時的なものもいい。それでも僕はなりたいのだ。

当たり前のことを忌避するようになったのは多分戯言シリーズを読んだ後だった。このようなひねくれた考えを持ちながらもぼくは日々過ごしている。

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