ミグストラノート

ラノベ読みの日記です。その他、地質。

ボカロ曲がみんな同じに聞こえるのはなぜか

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ボカロに興味がなくなったという話 - 日刊シュルる
俺がボカロのヒット曲について考える時に前提としていることがよく誤解されている気がするという話 - 日刊シュルる


色々jPOPの衰退論とか音楽についてなどからボカロ衰退論が語られている。そして、また同時に全部似たような曲に聞こえるという話が聞かれる。


これについて、ラノベサイドでよく言われているようにそれは貴方が一部のヒット作だけしか見ていないからですよと反論されることがある。
ラノベサイドでは、これはかなり的確でありヒット作の中にも多様性が存在している。一方で、ボカロサイドでは、ヒット作に限ってみれば多様性が失われていると思う。
この結論についてはラノベとは母数がぜんぜん違うや詳しく聞いてみると実は違っているんだよとかいう反論が成立するように見える。

ただ、僕の意見としてはそういった複雑な理論を使って説明しなくとも、ボカロが似たように聞こえる理由を説明できる。

それは、単純に歌手が同じという理由ではないだろうか。

いまもミク曲は投稿され続けているが正直言って、聞き飽きている。それは同じ声だからだ。調教の違いとかで色々差が出るかもしれないが、本質的には同じであると言える。好きな歌手でも、その人がだれかのカバー曲を1000曲出して、ずっと聞いていたら飽きるでしょう。それと同じ事が起きているだけじゃないのかな。
ミクと限定したけれど、リンでもカイトでも同じ事が起きる。そして各ボーカロイド内だけでなくて、ボカーロイドというカテゴリ内でも同じ事が起きている。異なる中の人だったとしても、同じ電子音を大量に聞いたことで、脳が飽きるという現象を創りだしたのだと推測する。

特に、大人になって子供の時なんであの歌手好きだったんだろうなと思うことがあるように、学生主体のボーカロイド全体でもそういった過去の記憶へとの切り替わりが起きているのだろう。


結論として、このボーカロイドに飽きるという現象は同じような音を聴き続けるという経験によって生まれるものであって、すでにボーカロイドを楽しんだ世代に対して起こさせない様にするのは原理的に無理であり、飽きていない人というのはまだボーカロイドを経験していないか、経験が浅いという人だけだろう。

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