ミグストラノート

ラノベ読みの日記です。その他、地質。

おじいさまのこと

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私のおじいさまが死んだ.いろいろあったが,今日はかれのことについて書きたい.

おじいさまは,晩年私と一緒に住んでいた.趣味の農作業にいそしみ,話し好きで,朝起きるといつの間にか外へ車で出かけて帰ってこない人だった.

外に行っている時,何をしていたのかは謎である.分かっている場所は,パチンコと道の駅,温泉くらいである.自分が実家へと帰ってきた長期休暇中は,夕方に戻ってくるとフランスパンと鶏飯を買いすぎなくらい買ってきていた.

そんなおじいさまは死んだ.脳梗塞を患い,それが元で不自由になった左手左足などがだんだんよく動かなくなってきたが,まだまだ生きられると思っていた.確かに,東京オリンピックを見に行こうと私が言ったときもそれまで生きられないだろうということを話していたが,早すぎる死だった.死因は肺炎,年寄りの肺炎は死に関わると思い知らされた.他の病気で弱った内臓のせいで強い薬が使えなかったのも死を早めた.

私の父様は,そうそうにがんでなくなり肉親は母親だけになった訳だが,もう少しおじいさまには生きてて欲しかった.とても悲しい.

おじいさまは,がさつでプライドが高い人として難ありな人ではあった.しかし,歳を取ってからは大分丸くなり,とくに孫のことは可愛がってくれていた.

私は,おじいさまのことを尊敬していた.確かに自分勝手な人ではあったが,とある施設の建築,ある計画のまとめ役,先生としての仕事など自分の仕事に勤しんでいた.リーダーシップがあった.あの行動力はいつも見習いたいと思っていた.

だからこそ,もう少し一緒にいたかった.しかし,人はいつかは死ぬ.それが早いか遅いかというだけなのだ.おじいさまの遺体が燃やされ,骨となった時いなくなったことが実感された.それまではどこか信じられなかった.

魂は,肉体に宿る.その考え方に同意したい.例えばスターリンよろしく,死後も肉体が残るとしたら,いつまでも自分のそばにいるような感覚でいられることだろう.あの燃やすという行為は,前に進むための人工的な儀式であると思う.さらに納骨をし,本当に身の回りから少し遠いところへと移ってゆくのだ.

肉体をミイラ化するというのは,忘れないためにはありなのかと一連の行為を通った後思った.遺族にとってはいいのか悪いのかは分からない.一部だけ,あるいは何かをかたどったものを作るというのは思い出を閉じ込めておくために良いのだと思う.それが墓であるわけだ.しかし,墓に限った物ではなく,人形でもいいのだ.昔よく理解できなかった遺灰をダイヤモンドにすると言うのは常に身につけておける,そして物体として灰から変換されて残るのでありなのだと思い直した.

さて,おじいさまがいなくなったこれは事実だ.私は,次の次の長として家を継がなければならない.その意味が今回のことで理解できた.家を継ぐというのがよく分からなかったが,人はイベントを経ることで成長するものだ.昔の人やエスニックな民族な人がやる儀式に意味があるのだ.特に人という感情で動く生物にとっては.

おじいさま,いままでありがとう.