バーチャルな世界に現実世界が取り込まれるという見方とバーチャル世界での存在同士の交流について

バーチャルな世界と人間世界の接し方

少し前にフォロワーさんと話をしていました.その方は現実とVRをどう融合させるかということについて話されていました.私も,それについて多少知識を提供しました.

話してて思ったのは私は,現実世界にあまり執着がないということです.多くの人はバーチャルな世界がどう現実世界と接点を持っていくのかという現実側からの視点で見ていると思いますが,私は現実世界からではなくてバーチャルな世界からの視点で物事を見ることが普通です.

例えばある番組にVTuberが出るとします.そのとき,多くの場合では人間の横にモニターやスクリーンを置いといて同じカメラで捉えられるようにするか,合成で同一の画面に映るようにします.

こうすることで,VTuber世界から次元を下げて現実世界で観測されやすくするわけです.

この方法は悪いアイデアはではないものの,モニターの場合では出演している人間とは異なり平ですし,人間の出演者は横にいると相手の姿が殆ど見えません.合成の場合は,VTuberが実際にいるべき場所にいないわけですから,人間の出演者はVTuberと会話をする際などその振る舞いに不自然さが見られます.

私としては,これは無理やり現実世界の方にVTuberを融合させようとした転換期の出来事であり,最終的には人間のほうがバーチャル世界に行って収録すべきだと当たり前に思ってしまうわけです.3Dスキャンすれば,人間の体をバーチャルな体へと変えることは比較的容易です.あとは専用の機械をつけて,バーチャルなスタジオで収録する.現実世界で収録する場合と違って,カメラワークの自由度は高く,離れた場所にいる人に出演してもらうことも容易です.

バーチャルな世界に住むということ

こういうVの者に偏った視点は私の周りだとそれほど珍しくないのですが,よく考えてみるとこういう考えでいる人はごく少数派であると改めて冒頭のような会話をしていると思わされるわけです.

まだ先かもしれませんがバーチャルな世界が一般化すると今抱いているような驚きに満ちた興奮は弱くなるでしょう.例えば昔はどんなアニメも面白かったですが,経験を積むとそうではなくなります.ニコニコ動画にいるようなアンチな振る舞いしかしないなんのために見ているのか分からない人間にともすればなるかもしれません.

VTuberには同様に私が初めてライトノベルやアニメを見たときと同じような興奮を抱いているわけですが,だんだんと弱くなってしまう.悲しいことですが.

バーチャルな世界に住むことは最終的にはそれ自体がワクワクさせてくれるようなものではなくなってしまうことは明らかですが,そうなっても風呂上がりにコーヒー牛乳を飲むと美味しい,離れたところへすぐにアクセスできる,連絡が容易,化石燃料の消費を抑えられるなどの良いところがあるはずで,そういったメリットがある以上当たり前のものになっていくのは間違いないですし,私も含めて地に足がついた利用が加速していくのは間違いないでしょう.

バーチャル世界での存在同士の感情のある交流

バーチャル世界でも絶えず人 (存在) 同士で交流がなされています.我々はそれをVTuber同士のコラボやSNS上での会話などで見ています.

現実世界では顔が良いなどの身体の出来で,好き嫌いがかなり左右されています.しかし,バーチャル世界では最終的に交流においてそのパラメーターの比重が下がることが予見されます.そうなった場合,VTuber同士の付き合いを見ていると,話していて楽しい,嫌な気持ちにさせられないといった精神面と動画やライブでのトーク・編集・企画力,報連相ができているなどの実務面での能力が交流していいかどうかの判断基準となっているようです.

とここまでこの項目を書いてきて思いましたが,かわいいもだいじなんだよなぁ〜.ただ書いたようにそのうちかわいいは飽和するだろうし.色んな人と交流したい人は""存在"のちからを磨くといいのではないでしょうか.めんどくささでテンションが下がってたけれど私もほどほどに頑張ろう.多様な生き方ができるのがバーチャル世界ですから (多分) (信じたい) (きっと).

最後に

バーチャル世界に対しては人によっていろんな立場があると思います.私はここまで書いてきたとおりバーチャル世界側からの視点で見ているので,基本的に現実世界の人間の振る舞いには常に慎重さを持って見ています.とりわけ企業には.